<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0">
   <channel>
      <title>納豆とか甘味もの</title>
      <link>http://globalroaming.biz/</link>
      <description>ネバネバ健康食品の代表である納豆。</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2012</copyright>
      <lastBuildDate>Mon, 06 Feb 2012 12:05:29 +0900</lastBuildDate>
      <generator>http://www.sixapart.com/movabletype/</generator>
      <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs> 

            <item>
         <title>人の生命力　4</title>
         <description>紙に一本の髪の毛を置いて、そのうえにまた紙を一枚重ねます。


そして、髪の毛の存在が感じられるようになるまで、指先を軽く、ゆっくりと紙に這わせていくのです。


・・・この方法は指のすべての神経を刺激し、鍛える訓練です。


はじめはまるで炭鉱労働者のようにふしくれだった手をしていた学生も、このやりかたでできるようになりました。


かれはいま、トゥーソンで小児科専門医として大成功をおさめています。


わたしが患者の生命力とどうやりとりしているのか、その実例を紹介しておきましょう。


・・・最近、からだがとてもだるく、ひどく大儀で仕事もできず、死ぬことばかり考えているという50歳代はじめの男がやってきました。


5、6人の医師の診断を仰いですが、いくら検査しても原因は発見できなかったのです。


</description>
         <link>http://globalroaming.biz/2012/02/4_1.html</link>
         <guid>http://globalroaming.biz/2012/02/4_1.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 06 Feb 2012 12:05:29 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>人の生命力　3</title>
         <description>生命力の流れが悪いので、からだに手をあてて動かしていっても、引きつったような感じで、あるところから先は手がすべっていきません。


生命力の流れの多くはこころによって調節されています。


あとで説明しますが、こころがからだをコントロールし、感情的な反応がからだを締めつけたり、ブロックしたりしているのです。


・・・そういう人は理性ではなく、動物的な本能のおもむくままに生きている人です。


かと思うと、からだに生命力が満ちあふれていて、さわっているこちらの気分が浮きたってくるような人もいます。


残念ながら、ごくたまにのことですが。


この生命力は、手の感覚がきわめて鋭敏な人ならだれでも感じることができます。


それほど鋭敏ではないのですが、感じられるようになりたいという人は、わたしがやってきたような訓練を重ねていけばいいのです。


いまでも若い医師たちに教えているやりかたです。


</description>
         <link>http://globalroaming.biz/2012/01/3_3.html</link>
         <guid>http://globalroaming.biz/2012/01/3_3.html</guid>
        
        
         <pubDate>Fri, 06 Jan 2012 12:04:44 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>人の生命力　2</title>
         <description>オステオパシーの手技の訓練のおかげで、わたしの手はいつの間にか、患者のからだにさわるだけで、エネルギーの動きやブロックのようすが感じとれるようになったのでした。


・・・指に感じる生命力とはどんな感覚なのかと、多くの人に聞かれます。


ことばではうまく表現できないのですが、なんとか説明しようとすれば、ピリピリするような感じということになるかもしれません。


ライヒもそうでしたが、それがいちばん近い実感なのです。


健康で生命力にあふれている人にさわるとき、わたしの手も「ジンジン」するように感じます。


しかし、指がすべっていかずに立ち往生するようなときは、その人のからだも鈍り、生命力がブロックされていることがわかります。


ときどき生命力がほとんど感じられない患者がいます。


・・・そんな人をわたしは「ブランク」と呼んでいます。


空白としか感じられないのです。

</description>
         <link>http://globalroaming.biz/2011/12/2_4.html</link>
         <guid>http://globalroaming.biz/2011/12/2_4.html</guid>
        
        
         <pubDate>Tue, 06 Dec 2011 12:04:06 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>人の生命力</title>
         <description>人体にくまなく浸透し、それを包みこんでいる生命場は電磁気エネルギーでできています。


・・・そして、そのエネルギーが体内にあるとき、わたしはそれを「生命力」と呼びます。


生命力という概念はこむずかしい形而上学や哲学的な教義から生まれたものではありません。


それは単純な観察と、だれにでもよくわかる日常的な理解から生まれています。


長いあいだ多くの患者を診てきて、わたしもそれが実在すると確信しています。


著名な精神分析学者、ウィルヘルム・ライヒは、その生命力の感じを「ジンジンするような感覚」と表現したことがあります。


多くの研究を重ねたライヒは、その生命エネルギーが体内にばかりではなく、「宇宙の力」というかたちで体外にも存在すると確信するようになっていました。


バー博士やライヒ博士のほかにも生命力について書いている人はたくさんいますが・・・


わたしがその存在を信じている理由のひとつは、自分がそれを頼りに仕事をしてきたというところにあります。


生命力についての知識がなければ、わたしはけっして多くの人を助けることができなかったはずです。


</description>
         <link>http://globalroaming.biz/2011/11/post_43.html</link>
         <guid>http://globalroaming.biz/2011/11/post_43.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sun, 06 Nov 2011 12:03:25 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>&quot;原因病&quot;　2</title>
         <description>ありのままを思い出して描(書)けばよいのですが、このとき多くの人は、失敗の原因を決めつけて、それを書き出すのです。


原因を考えるのではないということは承知しており、しかも、ちょっと調べれば、その決めつけが誤っていることはすぐわかるのに、です。


他から再三にわたる指摘を受けて、やっと表面上ではそれらしきものは姿を消すが、頭の中は依然として原因に支配されたままです。


社会的な現象としてこれがはっきり見られるのは、大事故が起きたときのマスコミの報道です。


事故の様子さえはっきりしないうちから、原因の詮索がなされていきます。


例外なくと言ってよいでしょう。


そうしないと、視聴者が納得しないからでしょう。

</description>
         <link>http://globalroaming.biz/2011/10/2_3.html</link>
         <guid>http://globalroaming.biz/2011/10/2_3.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 31 Oct 2011 16:15:02 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>&quot;原因病&quot;</title>
         <description>研究的とは、持ち合わせの概念やパターンによってではなく、たえず流動する状況の事実の中から、「消化・発見」をしつづけていくことを指しています。


具体的に対比してみましょう。


問題に直面したとき、R型ではどう動くでしょうか。


2つの典型的な特徴がみられます。


第一は、調べようともしないで、すぐ、その原因を決めつけて、対策にはしる、ということです。


意識してそうしているというよりも、どうも我われは、直ちにそうしないではいられないという、&quot;原因病&quot;とでもいうようなものに侵されているのではないかと、つくづくと思います。


上期F1が終わると、一人ひとりが模造紙の上で、自分たちのDプロセスの状況を再現することになります。

</description>
         <link>http://globalroaming.biz/2011/09/post_42.html</link>
         <guid>http://globalroaming.biz/2011/09/post_42.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sun, 11 Sep 2011 16:14:05 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>事実を神とする発想の科学</title>
         <description>第一の原理は、「どこから発想していくか」です。


R型

・すぐ、原因を決めつけて、対策にはしる・・・過去の概念から発想

・対応した人間の意識やありかたに着目し、その人間を責める


H型

・まず、状況を捉える・・・生々しい事実から発想

・事がら、対象側、対応のしかたに着目し、それを攻める


第一の原理に関する最大の違いは、前者が過去の概念から発想していくのに対して、後者は状況の生々しい事実から発想していく点にあります。


人びとと状況との相互作用が存在していない「人を道具として」の下では、問題に対して、持ち合わせの知識・答によって、素早く対応しようとします。


つまり、R型では「わかっている」が前提となっているのです。


これに対して、人びとと状況との相互作用を有している「人を人として」の下では、仕事をいつの場合にも研究的にやっていこうとします。


つまり、H型では意識して「わかってない」を前提にして動くのです。

</description>
         <link>http://globalroaming.biz/2011/08/post_41.html</link>
         <guid>http://globalroaming.biz/2011/08/post_41.html</guid>
        
        
         <pubDate>Wed, 31 Aug 2011 14:38:49 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「人を人として」</title>
         <description>「人を人として」の人間観による「人びとと仕事とのかかわり合い」の場の具体的な構築のしかたについては、「仕事集団活動の進めかた」「仕事集団活動のリード」「反常識の組織論」という3つの側面から考えていきたいと思います。


「人びとと仕事とのかかわり合い」のその一は、仕事集団活動の進めかたです。


これは、人びとが状況と相互作用していく仕事の進めかたであり、私は、このような集団活動の状態を「衆合天才」と名づけています。


それには、「どこから発想していくか」「どの力でやっていくか」「どこで力を合わせていくか」という、3つの原理が機能しています。


いわば、「衆合天才の3大原理」です。


・・・以下に、「人を道具として」の人間観の場合と対比させながら、「人を人として」の人間観によるそれを、具体的に記すことにします。


</description>
         <link>http://globalroaming.biz/2011/07/post_40.html</link>
         <guid>http://globalroaming.biz/2011/07/post_40.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sun, 31 Jul 2011 14:31:29 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>都市は生成を繰り返す　4</title>
         <description><![CDATA[それに対して、埋立地には基本的に先住民がいなく、土地所有は大規模です。


そのため、土地にかかわる相隣関係は公的な計画によって決められ、既存の住民や零細土地所有者の声にあまり支配されません。


それだけ土地の相互関係は都市計画の伝統的な価値基準からみ加ば、非調和的であり非連続的になってきます。


新しくできた住宅団地の隣に製鉄所がまだあるかもしれないし、新しくつくられたオフィスビルの隣に倉庫が残っているかもしれません。


新しい公園の隣に石油化学のプラントが残っているかもしれません。


そのように埋立地帯では、これまでの内陸市街地とは異なって、極端と極端が隣接しあうモザイク模様の土地利用が出現してくるでしょう。


・・・しかし埋立地にも、100年たっても変わらない土地利用形態が存在します。


建物についていえば、スーパーマーケットは15年もたてば壊れて良いように、あらかじめ考えてその質を決めてあるといわれています。


大部分の中小のオフィスビルの経済的使用年限は30年くらいでしょう。


高層ビルでもそのまま使えるのは50年くらいが限度で、そのあとは大規模な手なおしが必要でしょう。


<a href="http://soka-butudan.jp/" target="_blank">創価学会 仏壇</a>などの仏壇や仏具は長持ちしますが、建物の使用年限はそのようなものなのです。


]]></description>
         <link>http://globalroaming.biz/2011/06/4.html</link>
         <guid>http://globalroaming.biz/2011/06/4.html</guid>
        
        
         <pubDate>Fri, 24 Jun 2011 11:10:31 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>都市は生成を繰り返す　3</title>
         <description><![CDATA[東京の新木場は古い木場から移転してまだ30年くらいにしかなりませんが、ここももう一度再開発を考えなければならなくなるのです。


最初に描かれた壮大なマスタープランがあったとして、そこに位置付けられたプロジェクトが半分も完成しない段階で、すでに一番始めのプロジェクトは老朽化し、次の再開発が始まります。


・・・つまり、この埋立地は最終の姿で完成するということは永遠にないのです。


常にどこかが壊されて、どこかが新しくなるという、都市が有する宿命的な建設の繰り返しが行われています。


しかもこのスクラップ・アンド・ビルトの傾向は、内陸市街地に比べて、よりはっきりと埋立地にあらわれてきます。


内陸の既成市街地でも、この永久運動は常におきています。


どこかに住宅団地ができているときに、どこかで工場が潰れてオフィス街になります。


どこかの<a href="http://www.rakuten.co.jp/auc-e-seedlings/" target="_blank">花 種</a>庭園や農地が壊されて公園になるとき、一方で学校用地が公会堂の敷地になっています。


しかし内陸部の場合には、大部分のところですでに住民が居住しており、また多くの人々が小さな土地を一番大事な財産として保有しています。


そのため、新しい土地利用の変化は、周辺の既存の市街地となじむものでなければ、地域社会の住民はその変化を許さないでしょう。


したがって、土地利用の変化はこまやかであり、また土地利用相互の関係には一定の秩序や約束がおのずから生れてきます。


つまり調和型の土地利用分布が基本となるでしょう。

]]></description>
         <link>http://globalroaming.biz/2011/05/3_2.html</link>
         <guid>http://globalroaming.biz/2011/05/3_2.html</guid>
        
        
         <pubDate>Wed, 04 May 2011 11:09:26 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>都市は生成を繰り返す　2</title>
         <description><![CDATA[1年に10ヘクタールの住宅団地を次々とつくっていくことは、実際には大変な仕事です。


1平方キロの埋立地に、2万人が入る住宅地図をつくるとしたら、いくら早くても10年はかかるのです。


それぞれのもっている土地は前に述べたように、地主の思惑や、市町村の計画のちがいによって、開発の段取りが少しずつずれていきます。


そうなると、240平方キロの埋立地に全部将来計画があったとした時、それらの開発が完了するまでにどれだけの時間を要するのでしょうか。


横浜市の金沢地先の埋立地には住宅地がすでにできています。


引越しで<a href="http://soka-butudan.jp/" target="_blank">創価学会 仏壇</a>などの仏具や家具を運んでいるシーンを見かけたことがあります。


それに続いて浦安の埋立地が住宅地になろう、幕張新都市地域でもその次に住宅地がつくられるでしょう。


東京都の晴海の埋立地でも再開発によって新しい住宅地が21世紀の初めに出現しました。


このように、一つ一つの土地利用が変わって新しい土地利用になってゆく流れのなかで、2、30年前に着手した臨海部の開発事業はすでに古くなって、次の都市更新事業を考える必要にせまられます。


たとえば千葉県稲毛の国家公務員住宅団地はその最たるものです。

]]></description>
         <link>http://globalroaming.biz/2011/04/2_2.html</link>
         <guid>http://globalroaming.biz/2011/04/2_2.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sun, 24 Apr 2011 11:08:30 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>都市は生成を繰り返す</title>
         <description><![CDATA[木更津からおおむね横須賀まで、この240平方キロにおよぶ湾岸地域を一望すると、あるところでは古い工場敷地を対象にして、次の新しい土地利用を考え始めているところもあります。


他方では、新しい工場が建設されたばかりで、ここ数10年はその土地利用を変えることは少しも考えていないところもあります。


また、まだ空地としてその土地利用を決めかねているところもあるし、再開発が活発に進行しているところもあります。


つまり湾岸地域の埋立地全体としては、その規模が巨大であるが故に土地利用の成熟度がまちまちなのです。


埋立地は、それが属する県によって、また市によって、土地利用方針が異なっていますから、早く土地利用の更新が進むところもあります。


これは<a href="http://www.heart-ful.com/" target="_blank">賃貸 仙台</a>アパートなど不動産関係の仕事をしている人なら聞いたことのある話ではないでしょうか。


逆に、現状をあまり変えるべきでないと考えている自治体もあります。


さらに決定的に土地利用変化を支配するのは地主の思惑です。


現在その埋立地の利用を再検討する必要がない豊かな企業もあろうし、できるだけはやく企業の存続をかけて土地の有効活用を考えているところもあるでしょう。


そのように土地利用転換を急ぐ地主であっても、1平方キロの埋立地を完全に新しい用途に使い切る・・・


（たとえばそのまま放置されてきた空き地を住宅団地にしようとします）


そのためには、だいたい10年くらいの時間が必要となるでしょう。

]]></description>
         <link>http://globalroaming.biz/2011/03/post_39.html</link>
         <guid>http://globalroaming.biz/2011/03/post_39.html</guid>
        
        
         <pubDate>Fri, 04 Mar 2011 11:07:25 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>東京湾とは何か　3</title>
         <description>一平方キロ当り2万人として計算すれば、200平方キロの埋立地には400万人の住宅をつくることができます。


それくらいの膨大な広さの埋立地が東京湾にあるわけです。


羽田空港の近くの埋立地にできた八潮の住宅団地は面積が約40ヘクタールで人口が1万8000人です。


したがって人口密度はヘクタール当り450人です。


もっともこれはあくまでも団地の人口密度で市街地の人口密度ではありません。


倉庫や工場用地もふくめた市街地として、この集合住宅でできた都市を考えれば、団地人口密度のだいたい七0%程度まで都市密度は下ってきます。


それでもヘクタール当り300人、一平方キロ当り3万人ということになります。


したがって、一平方キロ当り2万人の人口密度は、比較的緑地を多くとった、望ましい集合住宅市街地を意味するのです。

</description>
         <link>http://globalroaming.biz/2011/02/3_1.html</link>
         <guid>http://globalroaming.biz/2011/02/3_1.html</guid>
        
        
         <pubDate>Thu, 24 Feb 2011 11:06:31 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>東京湾とは何か　2</title>
         <description>もう一つ大事なことは、東京湾に面した埋立地の面積は、たかだかこの半世紀の間に埋め立てられたにもかかわらず、世界中のどこの湾に比較しても大きいことです。


君津の新日鉄の埋立地からぐるりとまわって横浜市にある金沢地先までの水際線の長さは、埋立地の凸凹を無視してなめらかな曲線であるとすると、大体100キロくらいでしょう。


埋立地の奥行きを平均2キロとすると、東京湾の埋立地の面積はほぼ200平方キロということになります。


第二次大戦以降実際に埋立てられた面積は、240平方キロです。


埋立地240平方キロのうち、現状を無視して、200平方キロを住宅市街地として使うことを考えてみます。


理想的な一戸建住宅地とされている田園調布のようなところでは、道路や公園・水路等公共用地も含めて、市街地の人口密度は一平方キロで約一万人です。


少し密度を高くして4～5階建の集合住宅団地でできた市街地では、市街人口密度は一平方キロ当り2万人を上回るのです。


ちなみに東京23区の人口密度は、一平方キロ当りだいたい1万4000人くらいです。

</description>
         <link>http://globalroaming.biz/2011/02/2_1.html</link>
         <guid>http://globalroaming.biz/2011/02/2_1.html</guid>
        
        
         <pubDate>Fri, 04 Feb 2011 11:05:27 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>東京湾とは何か</title>
         <description>一体、東京湾の大きさはどれくらいなのでしょうか。


水面の広さは建物の比較とちがって簡単に把握しがたいところがあります。


他の国の例と比較すれば、だいたいサンフランシスコの金門橋を入った湾と同じくらいの大きさと考えてよいでしょう。


サンフランシスコ湾であれば、その東京湾と同じくらいの水面のまわりに居住する沿岸人口は、500万人もいないでしょう。


東京湾の沿岸人口は、千葉県と東京都と神奈川県にかかわってきます。


今、海岸線から内陸にむけて奥行き20キロの幅で湾岸を囲んでゆくと、まず東京23区が1000万、神奈川県が川崎と横浜と横須賀とで500万くらい。


それに千葉県の東葛飾郡と千葉市と木更津市にかけて400万くらいで、約2000万人くらいの人達が東京湾を囲んで住んでいることになります。


もう一つ重要なことは、サンフランシスコ湾には装置形の大工場すなわち製鉄所や石油化学工場がそれほどないことです。


しかし東京湾はこれらの工業の大集積地です。


サンフランシスコ湾ではきれいなヨットハーバーがあったり、いい住宅地が水辺に面しています。


このような素晴らしい水際線の利用は、沿岸に住む人口が少ないから可能になります。


東京湾の現在の海域は12万haです。


これは東京大都市圏155万haの約13分の1に相当します。


しかし、東京湾の水際線を人口で割って、サンフランシスコ湾の同じ指標と比べるなら、1人当りの水際線の長さは東京湾の方が一桁ちがうくらい小さいでしょう。


また東京湾の水際線1メートルが受け持つ臨海工業の工場出荷額をサンフランシスコ湾のその指標と比べれば、逆に東京の値は一桁大きいにちがいありません。


それだけ東京湾の水面も水際線も酷使されているのです。


したがって東京湾岸の水際線をより美しく楽しくしようとしても、その実現した姿は当然カリフォルニアのそれともちがうし、地中海に面したフランスのラングドック・ルシオンのレジャー開発における水際線の姿ともちがってきます。


むしろニューヨーク市のハドソン河やロングアイランド島の水際線の利用形態と比較する方が、正しいといえるでしょう。

</description>
         <link>http://globalroaming.biz/2011/01/post_38.html</link>
         <guid>http://globalroaming.biz/2011/01/post_38.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 24 Jan 2011 11:03:58 +0900</pubDate>
      </item>
      
   </channel>
</rss>

