人の生命力 4

紙に一本の髪の毛を置いて、そのうえにまた紙を一枚重ねます。


そして、髪の毛の存在が感じられるようになるまで、指先を軽く、ゆっくりと紙に這わせていくのです。


・・・この方法は指のすべての神経を刺激し、鍛える訓練です。


はじめはまるで炭鉱労働者のようにふしくれだった手をしていた学生も、このやりかたでできるようになりました。


かれはいま、トゥーソンで小児科専門医として大成功をおさめています。


わたしが患者の生命力とどうやりとりしているのか、その実例を紹介しておきましょう。


・・・最近、からだがとてもだるく、ひどく大儀で仕事もできず、死ぬことばかり考えているという50歳代はじめの男がやってきました。


5、6人の医師の診断を仰いですが、いくら検査しても原因は発見できなかったのです。


人の生命力 3

生命力の流れが悪いので、からだに手をあてて動かしていっても、引きつったような感じで、あるところから先は手がすべっていきません。


生命力の流れの多くはこころによって調節されています。


あとで説明しますが、こころがからだをコントロールし、感情的な反応がからだを締めつけたり、ブロックしたりしているのです。


・・・そういう人は理性ではなく、動物的な本能のおもむくままに生きている人です。


かと思うと、からだに生命力が満ちあふれていて、さわっているこちらの気分が浮きたってくるような人もいます。


残念ながら、ごくたまにのことですが。


この生命力は、手の感覚がきわめて鋭敏な人ならだれでも感じることができます。


それほど鋭敏ではないのですが、感じられるようになりたいという人は、わたしがやってきたような訓練を重ねていけばいいのです。


いまでも若い医師たちに教えているやりかたです。


人の生命力 2

オステオパシーの手技の訓練のおかげで、わたしの手はいつの間にか、患者のからだにさわるだけで、エネルギーの動きやブロックのようすが感じとれるようになったのでした。


・・・指に感じる生命力とはどんな感覚なのかと、多くの人に聞かれます。


ことばではうまく表現できないのですが、なんとか説明しようとすれば、ピリピリするような感じということになるかもしれません。


ライヒもそうでしたが、それがいちばん近い実感なのです。


健康で生命力にあふれている人にさわるとき、わたしの手も「ジンジン」するように感じます。


しかし、指がすべっていかずに立ち往生するようなときは、その人のからだも鈍り、生命力がブロックされていることがわかります。


ときどき生命力がほとんど感じられない患者がいます。


・・・そんな人をわたしは「ブランク」と呼んでいます。


空白としか感じられないのです。

人の生命力

人体にくまなく浸透し、それを包みこんでいる生命場は電磁気エネルギーでできています。


・・・そして、そのエネルギーが体内にあるとき、わたしはそれを「生命力」と呼びます。


生命力という概念はこむずかしい形而上学や哲学的な教義から生まれたものではありません。


それは単純な観察と、だれにでもよくわかる日常的な理解から生まれています。


長いあいだ多くの患者を診てきて、わたしもそれが実在すると確信しています。


著名な精神分析学者、ウィルヘルム・ライヒは、その生命力の感じを「ジンジンするような感覚」と表現したことがあります。


多くの研究を重ねたライヒは、その生命エネルギーが体内にばかりではなく、「宇宙の力」というかたちで体外にも存在すると確信するようになっていました。


バー博士やライヒ博士のほかにも生命力について書いている人はたくさんいますが・・・


わたしがその存在を信じている理由のひとつは、自分がそれを頼りに仕事をしてきたというところにあります。


生命力についての知識がなければ、わたしはけっして多くの人を助けることができなかったはずです。


"原因病" 2

ありのままを思い出して描(書)けばよいのですが、このとき多くの人は、失敗の原因を決めつけて、それを書き出すのです。


原因を考えるのではないということは承知しており、しかも、ちょっと調べれば、その決めつけが誤っていることはすぐわかるのに、です。


他から再三にわたる指摘を受けて、やっと表面上ではそれらしきものは姿を消すが、頭の中は依然として原因に支配されたままです。


社会的な現象としてこれがはっきり見られるのは、大事故が起きたときのマスコミの報道です。


事故の様子さえはっきりしないうちから、原因の詮索がなされていきます。


例外なくと言ってよいでしょう。


そうしないと、視聴者が納得しないからでしょう。

"原因病"

研究的とは、持ち合わせの概念やパターンによってではなく、たえず流動する状況の事実の中から、「消化・発見」をしつづけていくことを指しています。


具体的に対比してみましょう。


問題に直面したとき、R型ではどう動くでしょうか。


2つの典型的な特徴がみられます。


第一は、調べようともしないで、すぐ、その原因を決めつけて、対策にはしる、ということです。


意識してそうしているというよりも、どうも我われは、直ちにそうしないではいられないという、"原因病"とでもいうようなものに侵されているのではないかと、つくづくと思います。


上期F1が終わると、一人ひとりが模造紙の上で、自分たちのDプロセスの状況を再現することになります。

事実を神とする発想の科学

第一の原理は、「どこから発想していくか」です。


R型

・すぐ、原因を決めつけて、対策にはしる・・・過去の概念から発想

・対応した人間の意識やありかたに着目し、その人間を責める


H型

・まず、状況を捉える・・・生々しい事実から発想

・事がら、対象側、対応のしかたに着目し、それを攻める


第一の原理に関する最大の違いは、前者が過去の概念から発想していくのに対して、後者は状況の生々しい事実から発想していく点にあります。


人びとと状況との相互作用が存在していない「人を道具として」の下では、問題に対して、持ち合わせの知識・答によって、素早く対応しようとします。


つまり、R型では「わかっている」が前提となっているのです。


これに対して、人びとと状況との相互作用を有している「人を人として」の下では、仕事をいつの場合にも研究的にやっていこうとします。


つまり、H型では意識して「わかってない」を前提にして動くのです。

「人を人として」

「人を人として」の人間観による「人びとと仕事とのかかわり合い」の場の具体的な構築のしかたについては、「仕事集団活動の進めかた」「仕事集団活動のリード」「反常識の組織論」という3つの側面から考えていきたいと思います。


「人びとと仕事とのかかわり合い」のその一は、仕事集団活動の進めかたです。


これは、人びとが状況と相互作用していく仕事の進めかたであり、私は、このような集団活動の状態を「衆合天才」と名づけています。


それには、「どこから発想していくか」「どの力でやっていくか」「どこで力を合わせていくか」という、3つの原理が機能しています。


いわば、「衆合天才の3大原理」です。


・・・以下に、「人を道具として」の人間観の場合と対比させながら、「人を人として」の人間観によるそれを、具体的に記すことにします。


都市は生成を繰り返す 4

それに対して、埋立地には基本的に先住民がいなく、土地所有は大規模です。


そのため、土地にかかわる相隣関係は公的な計画によって決められ、既存の住民や零細土地所有者の声にあまり支配されません。


それだけ土地の相互関係は都市計画の伝統的な価値基準からみ加ば、非調和的であり非連続的になってきます。


新しくできた住宅団地の隣に製鉄所がまだあるかもしれないし、新しくつくられたオフィスビルの隣に倉庫が残っているかもしれません。


新しい公園の隣に石油化学のプラントが残っているかもしれません。


そのように埋立地帯では、これまでの内陸市街地とは異なって、極端と極端が隣接しあうモザイク模様の土地利用が出現してくるでしょう。


・・・しかし埋立地にも、100年たっても変わらない土地利用形態が存在します。


建物についていえば、スーパーマーケットは15年もたてば壊れて良いように、あらかじめ考えてその質を決めてあるといわれています。


大部分の中小のオフィスビルの経済的使用年限は30年くらいでしょう。


高層ビルでもそのまま使えるのは50年くらいが限度で、そのあとは大規模な手なおしが必要でしょう。


創価学会 仏壇などの仏壇や仏具は長持ちしますが、建物の使用年限はそのようなものなのです。


都市は生成を繰り返す 3

東京の新木場は古い木場から移転してまだ30年くらいにしかなりませんが、ここももう一度再開発を考えなければならなくなるのです。


最初に描かれた壮大なマスタープランがあったとして、そこに位置付けられたプロジェクトが半分も完成しない段階で、すでに一番始めのプロジェクトは老朽化し、次の再開発が始まります。


・・・つまり、この埋立地は最終の姿で完成するということは永遠にないのです。


常にどこかが壊されて、どこかが新しくなるという、都市が有する宿命的な建設の繰り返しが行われています。


しかもこのスクラップ・アンド・ビルトの傾向は、内陸市街地に比べて、よりはっきりと埋立地にあらわれてきます。


内陸の既成市街地でも、この永久運動は常におきています。


どこかに住宅団地ができているときに、どこかで工場が潰れてオフィス街になります。


どこかの花 種庭園や農地が壊されて公園になるとき、一方で学校用地が公会堂の敷地になっています。


しかし内陸部の場合には、大部分のところですでに住民が居住しており、また多くの人々が小さな土地を一番大事な財産として保有しています。


そのため、新しい土地利用の変化は、周辺の既存の市街地となじむものでなければ、地域社会の住民はその変化を許さないでしょう。


したがって、土地利用の変化はこまやかであり、また土地利用相互の関係には一定の秩序や約束がおのずから生れてきます。


つまり調和型の土地利用分布が基本となるでしょう。