戦後の土地事情 3
港北ニュータウンの居住者が気楽に多摩ニュータウンの友達のところに遊びに行けるようにもなります。
多摩丘陵に住んでいる人達は、皆同じような職業と生活様式を共有するサラリーマン家庭が主体です。
多摩ニュータウンに住んでいたとえば国道16号線を、バイパスをつくって強化していけば、積極的に自動車を利用する市街地が16号線に沿って出来ることになります。
東京をぐるりと取り囲む国道16号線のうち、千葉市とJR常磐線の柏市を結ぶ部分は、東京の既成市街地と、その東北の肩にあたるところで西北から東南にむけての方向で接することになります。
そういう点で東京湾岸の開発は、単に土地を多く供給するということではなくて、東京のこれまでの都市構造の組み替えを誘発する接線形の都市形成の一端を担っているという認識で計画されるべきでしょう。
・・・つまり、千葉から横浜にかけて帯状につくられる港湾市街地域は、まずその後背地にある千葉市、東京都心部、川崎・横浜の各都心によって分断的に支配されます。
しかしその後、この帯状市街地内部の各機能を自律的に結合させる人や物の動きが発生してくるでしょう。
その動向が成長してゆけば、この帯状の市街地内部のいろいろな都市機能は、県や都あるいは市という行政境界をこえて、相互に鎖のようにつながり、しかも内陸部とネットワークを構成します。
そして当初まとまりのなかったこの港湾市街地が、それぞれの母都市と離れても独立していける、巨大な湾岸都市として自立してゆくことも可能になってきます。