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2011年01月 アーカイブ

戦後の土地事情 3

港北ニュータウンの居住者が気楽に多摩ニュータウンの友達のところに遊びに行けるようにもなります。


多摩丘陵に住んでいる人達は、皆同じような職業と生活様式を共有するサラリーマン家庭が主体です。


多摩ニュータウンに住んでいたとえば国道16号線を、バイパスをつくって強化していけば、積極的に自動車を利用する市街地が16号線に沿って出来ることになります。


東京をぐるりと取り囲む国道16号線のうち、千葉市とJR常磐線の柏市を結ぶ部分は、東京の既成市街地と、その東北の肩にあたるところで西北から東南にむけての方向で接することになります。


そういう点で東京湾岸の開発は、単に土地を多く供給するということではなくて、東京のこれまでの都市構造の組み替えを誘発する接線形の都市形成の一端を担っているという認識で計画されるべきでしょう。


・・・つまり、千葉から横浜にかけて帯状につくられる港湾市街地域は、まずその後背地にある千葉市、東京都心部、川崎・横浜の各都心によって分断的に支配されます。


しかしその後、この帯状市街地内部の各機能を自律的に結合させる人や物の動きが発生してくるでしょう。


その動向が成長してゆけば、この帯状の市街地内部のいろいろな都市機能は、県や都あるいは市という行政境界をこえて、相互に鎖のようにつながり、しかも内陸部とネットワークを構成します。


そして当初まとまりのなかったこの港湾市街地が、それぞれの母都市と離れても独立していける、巨大な湾岸都市として自立してゆくことも可能になってきます。

東京湾とは何か

一体、東京湾の大きさはどれくらいなのでしょうか。


水面の広さは建物の比較とちがって簡単に把握しがたいところがあります。


他の国の例と比較すれば、だいたいサンフランシスコの金門橋を入った湾と同じくらいの大きさと考えてよいでしょう。


サンフランシスコ湾であれば、その東京湾と同じくらいの水面のまわりに居住する沿岸人口は、500万人もいないでしょう。


東京湾の沿岸人口は、千葉県と東京都と神奈川県にかかわってきます。


今、海岸線から内陸にむけて奥行き20キロの幅で湾岸を囲んでゆくと、まず東京23区が1000万、神奈川県が川崎と横浜と横須賀とで500万くらい。


それに千葉県の東葛飾郡と千葉市と木更津市にかけて400万くらいで、約2000万人くらいの人達が東京湾を囲んで住んでいることになります。


もう一つ重要なことは、サンフランシスコ湾には装置形の大工場すなわち製鉄所や石油化学工場がそれほどないことです。


しかし東京湾はこれらの工業の大集積地です。


サンフランシスコ湾ではきれいなヨットハーバーがあったり、いい住宅地が水辺に面しています。


このような素晴らしい水際線の利用は、沿岸に住む人口が少ないから可能になります。


東京湾の現在の海域は12万haです。


これは東京大都市圏155万haの約13分の1に相当します。


しかし、東京湾の水際線を人口で割って、サンフランシスコ湾の同じ指標と比べるなら、1人当りの水際線の長さは東京湾の方が一桁ちがうくらい小さいでしょう。


また東京湾の水際線1メートルが受け持つ臨海工業の工場出荷額をサンフランシスコ湾のその指標と比べれば、逆に東京の値は一桁大きいにちがいありません。


それだけ東京湾の水面も水際線も酷使されているのです。


したがって東京湾岸の水際線をより美しく楽しくしようとしても、その実現した姿は当然カリフォルニアのそれともちがうし、地中海に面したフランスのラングドック・ルシオンのレジャー開発における水際線の姿ともちがってきます。


むしろニューヨーク市のハドソン河やロングアイランド島の水際線の利用形態と比較する方が、正しいといえるでしょう。

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